last-updated: March 24, 2009
Back to:修士まではともかく、 博士後期課程については経験しないとわからないことがたくさんあります。 考えたこと、体験したことを書きます。 どなたか後輩の参考になれば幸せです。
修士課程で修了できないという話はあまり聞きませんし、 今時、進学して学んで研究することで、 その後の仕事の幅も広がることが多いように思います。 なので、経済的な理由がなければ進学した方がいい、と奨めてもいます。
しかし博士後期課程には修士までとは違ったリスクがあります。 中退しようと修了しようと歳をとるので、企業から見ると、 新人なのに扱いにくくかつ給料はとるということになってしまいます。 修了したとしても、多くの企業 (例: NTT) は博士の採用をちょうど人が欲しい研究分野に限っており、 決して選択肢が増えるわけでもありません。 当然、修了までには学費もかかります。
それでも進学する理由は、人それぞれ色々あると思います。 思いつくのはこんなところです。
僕も当然、メリットとコストを比較しました。 まず収入についてです。
僕は助手の給料で 3年間暮らしました。 早稲田理工の場合、助手という職は、博士後期課程の学生が在学しつつ就くものです。 助手の待遇は学生ひとりが暮らすには充分なもので、 学費は免除、交通費も支給されます。 さらには、個人研究費という研究費 (40万円強/年) も付き、 学内の特定課題研究費 (40万円から) の申請資格、 学振の科研費 の申請資格もあります。 研究費の他に、出張旅費 (9万円)、海外出張補助費 (11万円) も出ます。 任期は 2 or 3 年ながら、(あくまで) 一応、専任教員ということになっています。 ただし、そのポストの空き具合は学科により様々で、1年目から助手になれる学科もあれば、 2年目からという学科もあります。
僕の場合は幸い、1年目から メディアネットワークセンター (MNC) の助手に採用して頂けました。 任期は 3年間だったので、D3 までに修了すれば学費を払わずに給料をもらいつつ 修了、という計算でした。
これが国公立大学だと、博士後期課程の学生が研究しつつ充分な収入を得るには、 学振の特別研究員 (20万円/月) に採用されるくらいしか方法がありません。 これは 5% 以下の狭き門で、 修士課程のうちに原著論文が査読に通っていることが必須だと言われています。 僕は採用してもらえませんでした。 助手の口があったのは、本当に幸いでした。
学振特別研究員と早稲田理工の助手の 待遇を比較します。
学振 特別研究員 (DC1) 早稲田の助手 任期 3 年間 2 or 3 年間 収入 20 万円/月
(課税対象)22 万円強/月 + ボーナス 3ヶ月分/年
(2年目以降の手取り額は 16万円強/月)その他手当 - 学費免除, 通勤費
(免除は収入扱いで課税される)研究費 科研費 90〜120 万円/年
額は申請書が審査されて決まる個人研究費 40 万円強/年
学会出張補助費 9万円
海外学会出張補助費 11万円
特定課題と科研費の申請資格あり義務 報告書 配属部署の仕事 奨学金 - 日本育英会 一種に応募可 (2000年度より)
(約 11 万円/月 の無利息貸与)
かつ、助手は免除職でもある
ただ、この他に、大学から多少の支援があります。 助手ではない学生は、教務補助といって、先生の業務を手伝うことで 十うん万円もらえたりするようです。 アルバイトは、どちらでも禁止です。 仕事があるとはいえ、早稲田の助手がいかに恵まれているかがわかります。
博士課程進学前から、助手に採用してもらえるのでは?と踏んでいましたし、 大学を出た後の職についてもあまり心配しませんでした。 どうせ腕一本で食べていく覚悟はしていたので、 中退するにしても食いっぱぐれることはないと考えていました。 進学しても損はないだろう、と進学を決めたわけです。
博士論文審査を開始するためには論文○本、国際会議○本といった 業績の基準を満たさねばなりません。 2000年度現在、情報学科 (情報科学専攻) での基準はこうなっています。
この基準は学科ごとに異なります。 例えば、電気電子情報工学科の場合、 原著論文 2本 + 査読付き国際会議 1本、と聞きます。 また、この本数は最低ラインに過ぎません。 ギリギリだと主査の先生は安心して審査開始を提案できません。
審査は、主査、すなわち指導教員が学科の会議 (教室会議) で提案することで 始まります。 世の中では、業績の分量に規定がなかったり、指導教員に力がある場合、 課程修了後に原著論文を書くという約束で 基準を満たしたことにしてしまうこともあるようです。 しかし情報学科の場合、学科の会議で審査開始が否決された事例もあるらしいので、 基準はきちんと満たす必要がありそうです。
2000年度内に修了したい場合、11/2 (木) が、新規提案の最後のチャンスでした。 つまり、この時点で目処が立っている必要がありました。 この時、博士論文の草稿も必要です。
僕の場合、学位申請時の論文数は 2本でした。 その 2本のスケジュールは以下の通りです。
1999年 3月 (D1) 研究会で、D1 後半のネタを発表。同時に、研究会論文誌に submit。 1999年 4月 (D2) 論文が accept された。
1999年 5月 (D2) 国際ワークショップで、修論 (1998年 3月) のネタを発表。 1999年 7月 ワークショップの論文が、論文誌に invite された。 1999年 9月 論文を submit した。 1999年 12月 論文が accept された。
これは、多分、あまり一般的なパターンではないです。 この分野だと、情報処理学会、電子情報通信学会、ソフトウェア科学会、 映像情報メディア学会… などの論文誌が一般的なわけですが、2本ともこのパターンではないです。
論文の本体がないことには審査は始まりません。 年度内に修了するためには、10月末までに草稿を書き上げ、 2月下旬には製本できている必要があります。 論文のタイトル (和文, 英文) は、工学研究科に学位申請をする時点で 書類に書かねばならないので、11月下旬には決めなければなりません。
これらの期限をまとめるとこうなります。
10月末 草稿 11月下旬 タイトル (和, 英) 2月下旬 製本
ただし、あくまでこれらは真のリミット ((C) 古関さん) です。 本来は 2月上旬の審査分科会の時点で 製本された論文があることが望ましいです。
「博士論文を日本語で書くなんて信じられない」と、以前、 上田先生 がおっしゃっていました。 世の中には、卒論、修論から英語で書かなければいけないところ (例: 東京大学の理学系) もありますが、 早稲田理工の場合、日本語でも英語でも OK です。 英語で書いた方がいろいろな意味でベターだと思います。 僕は日本語にしました。
博士論文は、何冊かは製本しないといけません。 研究科に提出する分 (2冊) については、こんなきまりがあります: 「保存に耐えるものでなければならない。 とくに変色・破損の可能性のある印刷・製本方式は避けなければならない。」 黒くて硬い表紙が付いたアレが必要なわけです。 研究科には、本だけでなく、マイクロフィッシュ (マイクロフィルム) も提出する必要がありました。 2003年現在は、PDF ファイルを CD-R 等で提出すればよいそうです。 東京大学の工学系では、事務所に原稿を出すと大学側で製本してくれるそうです。
印刷・製本・マイクロフィッシュ作成にはお金がかかります。 自分のための製本なので、このお金は自腹です。 僕の場合は、黒くて硬いやつ 30部とレザック(簡易)製本 30部を 理工社に注文して、337,134 円かかりました。単価はこうです:
マイクロフィッシュは、1 枚に 60 ページ入ります。 凸版は、論文タイトルなどを金文字でおすためのもので、 ある程度の部数を作る場合に作ります。 コピーは、自分で行っておいて持ち込む、という手もあります。
コピー代 11 円/ページ 金文字上製本 6120 円/冊 レザック製本 1500 円/冊 マイクロフィッシュ 2800 円/枚 論文 60 ページあたり 1 枚 凸版 9000 円
これでも、安い、とは思えませんが、 伊藤さんのページ によると、4年前 (1997年) はもっと高かったようです。 上製本が 7000 円/冊、レザック製本が 1800 円/冊、とあります。
論文は 118 ページなので、こういう計算になります。
単価 数量 計 コピー代 11 118 x 60 77,880 金文字上製本 6,120 30 183,600 レザック製本 1,500 30 45,000 マイクロフィッシュ 2,800 2 5,600 凸版 9,000 1 9,000 消費税 16,054 合計 337,134
論文 1冊あたりの金額は、コピー代、製本代、凸版代を合わせると、 税抜きで上製本が 7568 円、レザック製本が 2948 円という計算です。 消費税 5 % を加えると、 上製本が 7947 円、 レザック製本が 3096 円 です。
製本に出す際は、プリンタで印刷した論文と、背表紙用の原稿を持っていきます。 背表紙用には、論文タイトルと自分の名前を縦書きしたものを、 何通りかの文字サイズで印刷して持っていきます。 論文本体は、綴じしろ側に余白が多いことが望ましいです。 LaTeX 2e と dvips で作った原稿は、なぜか、 むしろ綴じしろと逆側の余白が若干広かったです。 理工社で調整してコピーしてくれたとのこと。
理工社ではコピーしたものを製本しますが、 ある程度以上の部数を作る場合は、 撮影してもらったマイクロフィッシュを元に印刷を頼んだ方が安くあがります。 しかし、撮影、印刷という手順を踏むため、時間がかかります。 そういったマイクロフィッシュ作成業者 (例) に問い合わせたところ、 撮影に 2週間、印刷・製本に 2週間かかると言われました。 提出期限に間に合いそうになかったため、この方法はあきらめました。
赤字は、 学科や理工学研究科での行事、または手続きの名前です。 青字は、 僕自身が行った事、提出したものの名前です。
学位の取得も大事ですが、修了後の食いぶちの方が考えようによっては重要です。 学位と関係ない仕事で食べていくならいいのですが、 就職活動に学位が関係する場合は、就職活動を始める時点で ある程度学位の目処が立っていないといけないわけです。 例えば、学位が必要な職を希望する場合です。
僕の場合は、活動を始めた 3, 4月あたりに、 学位を頂けるという前提で就職活動していい、という許可を先生から頂きました。
7月末に、就職活動先に修了見込みの証明書を提出する機会があり、
先生に一筆お願いしました。
メールでお願いしたところ、先生からは「口頭で決心を表明してください」といった
お返事を頂きました。
博士論文の審査では、学生ではなくて指導教員が試される、と言います。
また、審査のある時点以降で否決されてしまうと、先生は辞表を書くはめになる、
という噂も聞くくらいです。
このように、先生にも大きな負担がかかる、ということは
知っておいた方がよいと思います。
大学ごと、学部や学科ごとに、様々な制度の違いがあります。 例えば、早稲田は博士後期課程の学生が助手の職に就くという制度になっていて、 任期付きながらある程度の収入を得ることができます (「在学中の収入」 参照)。
それ以外にも違いはいろいろあります。 業績の基準は学科ごとに決められますし、 情報学科ではある予備公聴会 (学科での発表) という制度は 数学科にはないそうです。