ブロックチェーンの研究

首藤 一幸

首藤一幸:
"ブロックチェーンの研究",
ブロックチェーン経済研究ラボ 定期レポート, pp.15-16, Vol.12, 2018年 3月号, GLOCOM,
2018年 3月 26日

言うまでもなく、 ブロックチェーンはコンピュータサイエンス数十年の成果に立脚している。 特に、その祖であるBitcoinが「暗号通貨」と呼ばれることに表れているように、 暗号技術はブロックチェーンの基礎を成している。 暗号学的ハッシュ関数や公開鍵暗号は欠かせないパーツである。

暗号技術に加えて、もう1つ、ブロックチェーンを強力に支えるのが、 合意プロトコルやpeer-to-peerといった分散システムの技術である。 Proof of Workに代表される合意方式や、 基礎的なpeer-to-peer通信方式であるフラッディング、 それらがブロックチェーンを可能にした。 研究成果は実際に活かされており、 例えば、Ethereumのブロック承認間隔12〜15秒という数字は 2013年の論文(*1)を踏まえたものである。 (Ethereum設計者は論文を誤読しているのだが!)

セキュリティ面の研究はかなり盛んである(ように見える)。 台帳の書き換えができてしまう条件や確率は?といった素直な問いから、 トランザクション処理性能を稼ぐためのsecond layerと総称される暗号プロトコル まで、様々な取り組みがなされている。

一方で、分散システム面からの貢献はまだまだ限られる(ように見える)。 分散システム、特にpeer-to-peerに約20年取り組んできた身として ブロックチェーンを観察すると、どうにかしたい点がいろいろと目につき、 取り組みを始めることとした(*2)

例えば、いわゆるスケーラビリティ問題である。 どうしようもなく低いBitcoinのトランザクション処理性能をいかに向上させるか? 2017年には議論が大変燃え上がり、BitcoinからBitcoin CashやB2Xが分岐した。 これらは、ブロックのサイズをBitcoinの1 MBから数MBに 拡大しようという試みであった。 しかし、大きくするにも限界があるので、 我々はpeer-to-peerの側面からアプローチしている。 ブロック承認間隔の短縮、さらには、調整、 また、そのための状況把握を検討している。 その第1歩として、データ伝搬の様子を詳細に把握しようと試みている(*3)

もう1つ、パブリックブロックチェーンの大きな問題であると我々が考えているのが 「インセンティブ不整合」問題である(*4)。 ブロックチェーンを支える参加者(マイナー = 採掘者)はコインが欲しいだけであり、 ブロックチェーンを活用するアプリケーションの都合など知ったことではない。 コインの価値がひどく下落すると、参加者は減り、 トランザクション承認というブロックチェーンの機能が危うくなる、 という問題である。 参加者とアプリケーションの動機を揃えて根本的になんとかしたいところであるが、 可能かどうか判らないので、 ブロックチェーン間マイグレーションといった暫定解も検討している。

現在、いわゆる仮想通貨は、通貨というより投機の対象となり果てており、 一方、ブロックチェーンはというと、 社会基盤たり得る性能(と機能)をまだ欠いている。 幻滅期は来るだろうが、人類が新しい道具を手にしたということは間違いない。 その可能性を最大限まで追求するのが我々研究者のミッションだろう。