私の大学時代 ―新世界に踏み出す皆さんへ―:心の声

首藤 一幸

首藤一幸: "私の大学時代 ー新世界に踏み出す皆さんへー, 首藤一幸",
情報処理, Vol.56, No.4, p.307-371, (社)情報処理学会, 2015年 3月 15日

小五でプログラミングの可能性に魅了された私も, 高校時代は楽器に熱中して過ごしました. 音楽で食べていけたら… と考えながらも, その頃出会った書籍『コンピュータレクリエーションI〜IV』によって 引き戻されたように思います. この本には,コンピュータ科学の様々なトピック ---人工知能,オートマトン,計算複雑さ,ゲーム理論などなど--- についての面白い記事が満載でした.

その結果,大学での専門分野として, 物理学,書籍『利己的な遺伝子』に影響されての分子生物学との間で悩みながらも, コンピュータ科学を選びました.

大学時代,大きな影響を私に与えたのは, インターネットと,そこで流通していた 今で言うオープンソースソフトウェア(OSS)でした. 入学した1992年,ウェブはまだほぼありませんでしたが, 世界規模の掲示板NetNewsや, FTPでのソフトウェア配布は行われていました. 画面の向こう側に世界中の同好の士がいる様を感じて,大変興奮したものです. それからはUNIX,OSS,インターネットにどっぷり浸かって, UNIX系OSの386BSDを磁気ディスク60枚で持ち帰って自宅PCで使ったり, UUCPで電子メール・NetNewsを送受信したり, 大学との間でIP接続(SLIP・PPP)の実験をしたり, そんなことばかりの大学時代でした.

感覚的な物言いですが, インターネット,OSSの世界では, 個人が,組織の一員としてではなく,一個人として活動します. 加えて,"by name"つまり自身の名前を前面に出して, 自身のreputation/評判をかけて活動します. 私が研究職,特に独法研究所や大学を選んだ理由はこれで, 成果とともに個人の名前が出やすく, 個人にreputationが付いてまわるからでした.

研究・開発のテーマにもこうした思想や嗜好は表れるものです. 私の心の底には,個人が一個人として貢献することで回っていく社会, という理想があるようです. あるとき,自分のこれまでの研究・開発 ---分散システム,peer-to-peer--- がその理想を目指すものだったということを発見し, Steve Jobs氏が講演で述べた"connecting the dots"とはなるほどこういうことか, と腑に落ちました. 新世界に踏み出す皆さんが, 心の声に従って自身を発見することを願っています.


首藤一幸 (正会員)
shudo at is.titech.ac.jp

2001年早大大学院博士後期課程修了.博士(情報科学). 産業技術総合研究所研究員,ウタゴエ(株)取締役最高技術責任者を経て, 2008年12月より東京工業大学准教授.2009年5月よりIPA未踏PMを兼任.


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