2012年度 長尾真記念特別賞紹介:自分流

首藤 一幸

首藤一幸: "2012年度長尾真記念特別賞紹介:自分流",
情報処理, Vol.54, No.8, p.827, (社)情報処理学会, 2013年 7月 15日

情報処理学会 - 2012年度 長尾真記念特別賞の表彰 (受賞者の紹介と推薦理由)

受賞の対象は、非集中分散システム、 具体的には分散ハッシュ表(DHT)、 アプリケーション層マルチキャスト(ALM)のソフトウェアとアルゴリズムへの 取り組みである。 ALMについては映像のライブ配信ソフトとして商用化も行った。 非集中…よりも"peer-to-peer"と言った方が通じるかもしれない。 非集中ということは、中心となるサーバ的なノードに頼ることなく、 多数のノードが自律的に動作し、 それでいて全体としてうまいこと機能するということである。 そこに魔法のような不思議さ、面白さを感じて、取り組んできた。

ボスから、首藤は何がやりたいのか、どうなりたいのかわからない、 と言われたことがある。 まわりからはそう見えていたようだが、研究・開発テーマについての迷いはなかった。 そんな頃、自分のテーマには共通する狙いがあることに気がついた。 組織に依存しない自立した個人々々が連携することで社会がまわっていく、 そういった「個人ネットワーク社会」を招来する、 意識せずにそれを狙っていたのである。 例えば、私も取り組んだP2P分散処理は、そもそもの狙いからして、 大組織だけが持てるスパコンなしに大きな計算を行うことである。 それに加えて、私が開発したソフトは、 すべての利用者がお互いのPCを計算に使えるという、 全利用者が互恵関係を築く設計となっていた。 また、その後取り組んだ映像ライブ配信ソフトは、 それまで大組織しかできなかった数万人規模へのライブ配信を 個人でも行えるようにしたのだった。

心の声と自分流

御心配を頂いていても自分には迷いがなかったのは、 心の声に従うことができていたからであった。 私の心は、私自身が気づくより前から、 個人ネットワーク社会、とささやき続けていたのである。 取り組んできた研究・開発テーマを点だとすると、 私は、いわば、それらを結ぶ線を1つ発見したのだった。 Steve Jobs氏が講演で述べた"connecting the dots"とはなるほどこういうことか、 と腑に落ちた。

打った点がのちに線で結ばれるか否かは、 その点が自分の心に従ったものであったかどうかにかかっている。 線で結ぶこと自体は目的ではないが、 線が見えたなら、自分は心の声に正直であったと考えてよいのではないだろうか。 2006年度IPA未踏ソフトにて、私と共同開発者がスーパークリエータ認定を頂いた際、 私達の指導を担当した並木美太郎先生が プロジェクトを「首藤節」と評してくださった。これは大変嬉しかった。 私は心の声を聴くことができていたのだろう。 また、2012年、精神的にしんどかったときに、 濱口秀司氏がくださった言葉、 「首藤流」を極めて下さい、は、今、私の人生のテーマとなっている。 不惑を目前にひかえても、自分探しが終わる気配はない。

20代の頃、自分自身を「人には作れないものを作るエンジニア」と定義付けて、 それをアイデンティティの拠り所としていた。 ところが人は変わっていくものである。 エンジニア引退というつもりはないが、 取締役CTO、大学教員と立場が移るにしたがって、 この定義がしっくりこなくなってきた。 また、こうした自己定義は、心の平安こそ与えてくれるものの、 一方で、自分の考えや行動を縛る。 そんなわけで、なるべく自己定義は持たず、 これからも恥ずかしげなく自分探し、新たな線探し、「首藤流」探しを続けていく。


首藤一幸 (正会員)
shudo at is.titech.ac.jp

2001年早大大学院博士後期課程修了.博士(情報科学). 産業技術総合研究所研究員,ウタゴエ(株)取締役最高技術責任者を経て, 2008年12月より東京工業大学准教授.2009年5月よりIPA未踏PMを兼任.


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