IT業界ビギナーのためのお勧め書籍55冊+α - 首藤一幸

首藤 一幸

Last-updated: April 21, 2013

首藤一幸:
"IT業界ビギナーのためのお勧め書籍55冊+α - 首藤一幸",
Software Design 2013年 5月号, pp.46-47, (株)技術評論社,
2013年 4月 18日

プロフィール

首藤 一幸 (しゅどう かずゆき)

東京工業大学 准教授。IPA未踏 プロジェクトマネージャを兼任。 早稲田大学、産業技術総合研究所(エンジニアリングと研究)、 ウタゴエ(株)(経営・執行)を経て、2008年12月より現職(研究と教育)。 エンジニアとしての作品に、 Javaスレッド移送システムMOBA、Java JITコンパイラshuJIT、 peer-to-peerの基盤ソフトOverlay Weaver、書籍Binary Hacks(共著)など。


この特集は新人向けということになっています。 しかし、本誌の読者層を考えると、 読む人の大多数はどう考えても中堅以上の現役エンジニアです。 彼らの興味はきっと、あの○○さんは 一体どんな本を出してくるのか?という点にあります。 書く側も、実のところ、後進のためというポーズをとりつつ、 自分はこんな高尚な本を読む格好いい人間なのだ!というアピールを狙います。 本棚に何をならべるかは実はファッションであり、 この特集はいわばファッションショーです。 動物園と言ってもいいかもしれません。 なので、新人向けとかあまり考えずに書かせて頂きます。

コンピュータの裏にある科学


『コンピューターレクリエーション I〜IV』

高校生の頃、この本を読んで、コンピュータの裏に科学があることを知りました。

科学雑誌Scientific American、 日経サイエンスの連載をまとめた単行本です。 Iが1987年、IIが1989年に出版され、現在は絶版となっています。 コンピュータから離れた高校時代でしたが、 あいかわらず興味は強く、 知的刺激に飢えた僕の目に偶然とまったのがこの本でした。 数学好きの中学生なら充分に読める内容です。 また、この連載の前の連載をまとめた単行本『数学ゲーム I〜IV』もおすすめです。

連載の各回は、 ゲームを解くプログラム、核戦争での戦略、きれいな図を描くソフトなど 読者の興味をひくネタを採り上げています。 その実、コンピュータ科学の様々な分野 --- 人工知能、再帰、トポロジ、遺伝的アルゴリズム、フラクタル、 アナログコンピュータ、オートマトン、チューリングマシン、計算複雑さ、 ゲーム理論、物理シミュレーション、探索、複雑系 --- へと読者をいざなっています。

僕にとってのコンピュータは、最初はやはりゲーム機でした。 ただ、消費者で終わるのはしゃくで、 ゲームデータの改変(Wizardryのレベル99忍者)や、 プログラミング、 現実世界の模倣(3Dワイヤフレーム描画、レイトレーシング、スピログラフ描画) など、産む側としての活用を試みていました。 いわば、表現する道具としてのコンピュータ、です。 そこに、この本が見せてくれた、 コンピュータを支える科学、 コンピュータあっての科学は、とても新鮮でした。 モンテカルロシミュレーション、ライフゲーム、マンデルブロ集合、 重力多体シミュレーション、ロジスティック写像のカオス的振る舞いなどは、 たまらず、自分でもプログラムを書いて試したものです。

一部、翻訳を竹内郁雄先生(IPA未踏 統括PM)がなさってます。 子供の頃に自分が読んだ本の訳者と、今、一緒に仕事をさせて頂いているというのは、 なんとも感慨深いものです。

やるべきことに注力するために


『ライト、ついてますか』

僕をすこし悪い人にした本です。

これもまた、本屋で出会った本です。 大学に入った頃のようです。 月刊誌アスキーのパロディ版、年刊Ah SKI!にこの本のパロディ書評が載っていたことを 覚えています。 読むにあたって、コンピュータの知識は一切要りません。

「問題」とは何であって、どう付き合うのがよいかを考えさせてくれます。 問題とは望まれた事柄と認識された事柄の間のズレである、に始まり、 解くべきか?解きたいか?を問いかける第6部まで、 愉快なエピソードが満載です。

第4部「それは誰の問題か?」にかなり影響を受けました。 読んで以来、問題らしきものに遭遇するたびに、 これは果たして自分の問題なのか?そうでないなら… と考えるようになりました。 例えば、任期付き職員にとって、組織をよくすることは自身の問題ではありません。 限りある資金で事業を立ち上げるべく突っ走っているスタートアップの一員にとって、 学術を支える無償の論文査読は、まったく自身の問題ではないわけです。

ところが、読み返したところ、 自分の問題なのかどうか疑え、なんてことは全然書かれていません。 むしろ、人の問題として任せておく、とか、 自分の問題として認識することで解決する、といった、 いい人のままでできる方策が書かれてます。 あれ?どこで記憶が曲がったのでしょうか?

ともあれ、この本の影響で、 本当は何が問題なのか?と、常に考えるようになりました。 人生の貴重な時間を 何にどう費やすか(または費やさないか)を考えさせてくれる本です。

翻訳者は木村泉先生(東工大 名誉教授)です。 この本から影響を受けた自分も今は東工大 情報科学科の教員で、 訳者の後輩にあたります。面白い御縁です。

これからの社会とそこでの人の生き方


『フラット化する世界』

これもまた、本屋で偶然手に取った本です。 2007年5月、スタートアップの一員としてあがいているときでした。

ネットの広がりやサプライチェーンの高度化によって 世界全体が平らなフィールドになってきていて、 じゃ、そこで僕らはどうすればいいの?ということを論じた本です。

最初の章はインドIT企業インフォシスを採り上げています。 彼らがいかに先進国の仕事、それも、低めの人件費を武器にするだけでなく、 とても高度な仕事までを請け負っているかを紹介しています。 僕自身、1999年にインドIT企業TCSの方々と仕事をする機会がありました。 彼らの高い能力に触れ、また、当時のお給料(新卒US$200)を聞き、 日本の情報サービス業やばい! 日本語の壁(と時差と距離)がなかったら即死! と感じたことを強く思い出しました。 あれから13年、なぜか意外とそうはなっていません。

この本で印象に残っているのは、 今後の世界で仕事をしていく、食っていくためにはどうあればよいか? についての内容です。 例えば、顧客それぞれの需要に高度に適応して応えることや、 まだどうしても人の手で行う必要があること(例:介護)がその例です。 これらは、機械やITでスケールさせることが難しく、 フラット化の波をかぶりにくい、というわけです。

続く章の内容は、もっと印象に残っています。 IQ(知能指数)よりもCQ(好奇心)とPQ(情熱)が重要、と言っています。 自分が感じ、考えてきたこととぴったり一致していました。 人は、興味あることはいくらでも、強制されずとも、やります。 しかも、今や、ネット上の資料・講義でいくらでも学習できますし、 その道のすごい人と直接対話することもできます。 例えば、大学の研究室に入らずとも、 論文を手に入れたり、第一人者に接触したりできるわけです。 これを、梅田望夫氏は『ウェブ進化論』の中で「学習の高速道路」と言い、 Bill Gates氏は2010年、 「今後5年のうちに世界最高の講義がウェブ上で無料で見つかる」と言いました。