好きこそものの上手なれ

特集 未踏ユースから育ったタレントたち, PART 2 プロジェクトマネージャからも一言

首藤 一幸

Last-updated: October 18, 2011

首藤一幸:
"特集 未踏ユースから育ったタレントたち, PART 2 プロジェクトマネージャからも一言, 好きこそものの上手なれ",
情報処理, Vol.52, No.12, (社)情報処理学会,
2011年 11月 15日

クリエータとして見た未踏

未踏が始まった2000年度、大学院の博士課程を終えようかという時期だった私は、 どうにも応募のタイミングを逃してしまい、悔しい思いをしたことを憶えている。 2006年、ベンチャー企業に移ったタイミングで、これはチャンスと、 自分よりひとまわり若い池長君と組んで未踏本体にプロジェクトを提案した。 テーマは映像・音声のP2Pライブ配信である。 1年経ち、スーパークリエータ認定を頂き、 開発よりもむしろ困難の多かったデバッグ・品質向上期間を経て、 なんとか商用化も果たした。

未踏への応募は、 私の目には先の見えていた社内既存ソフトの置き換えも狙ったものだった。 手持ちのソフトがダメだと証明されたわけでもないのに新技術に投資することは、 会社としては難しい。 そこで未踏という制度を活用して、開発リソースを新技術に振り向けたのである。 かくして、その置き換えも達成した。 それでも「2年間投資してきたソフトを捨てるんですか!」 と会社のメンバから迫られたことはいい思い出である (日記2010年3/11分)。 会社で最高技術責任者(CTO)という肩書きが付いて以来、 CTOって何よ? と考え続けてきたが、これは確かにCTOの仕事だった。

PMとして見た未踏ユース

2008年末、技術中心の人生を送るべく大学に移り、 じきに、未踏ユースPMのお仕事を頂いた。 打診を頂いた際、本体とユース、どちらのPMを希望するか尋ねられ、 どちらでも、とお答えしたことを覚えている。 フタを開けてみるとユースのPMとなっていた。 後で考えてみると、ユースのクリエータは25歳未満という若さであり、 多くは学生という立場である。 監督、指示をするというだけでなく、教育的な配慮、対応ができる、 というか、できそうに見える人がユースのPMを任されてきたように見える。 某PMから 「(研究室では後輩の面倒を全然看なかった)首藤君が未踏ユースPMとは!」 と言われ、自分でも、それもそうだ、と思ったが、 立場は人を変えるのである。

2009年度からPMを務めることになった私は、 2月、2008年度上期未踏ユースの成果報告会に足を運んだ。 当時の私のブログ (日記2009年2/14分) に、こうある。 「レベルの高さにびびった」「熱意。これに尽きる」 「作ってしまう、やってしまう、その先にしか見えてこないものがある。 ってのを、皆、地で行ってた」 正直に告白すると、未踏ユースをナメていた。ごめんなさい。 まず、ユースの開発費は比較的少ない。 勤め人がそのために会社を辞める、とか、一攫千金、というほどの額ではない。 しかし逆にそれゆえ、お金ばかりを目的とする応募は少なく、 提案内容を面白いと思うから、好きだから、という応募が多い。 未踏では確かに開発費も得られるのだけれど、 運営する側としては、別の何かをたくさん得てもらえるよう、心を砕いている。 未踏後の活躍は、それをどれだけ得てもらえるかにかかっている。 有名ベンチャーキャピタルY Combinatorの平均投資額は わずかUS$15,000だという (日記2009年3/17分)。 また、25歳未満と言えばまだ修士課程の学生くらいで、 開発費の少なさもあって、一見、たいしたことができないように見える。 しかし、思考力や開発力は充分に成熟しているし、彼らには時間がある。体力がある。 私もその頃は、寝ずとも食べずとも済む体が欲しい、 その分活動したい、と真剣に考えていた(今は多少おいしいものも食べたい)。

好きこそものの上手なれ

「好きこそものの上手なれ」の時代が来ている。 ネットが、情報・知識へのアクセスに加えて、 世界中の先端的な人々との交流や協働を、本当にやりやすくした。 未踏ユースのクリエータ達は、それと気づかぬくらい当たり前に、自然に、 その恩恵を満身に受けている。 対象に対する好奇心と情熱さえあれば、自習だけでもかなりのところまで到達でき、 また、先端的な人々との交流によってより深く高く前へ進むことができる。 フラット化する世界(書籍) (Amazon.co.jp) では、このことが 「CQ (好奇心) + PQ (情熱) > IQ (知能)」 と表現されている。 一方で、人生、元から好きな物事ばかりでもないので、 好きになる力、楽しむ力が効いてくる。 目の前の物事を好きになって楽しむことができれば、 より遠くへ行けるということである。 これはself-motivateする力と言い換えることもできる。 この力は、物質的な豊かさから得られる幸せが飽和しつつある先進国では、 幸せに暮らす(そして死んでいく)術としても重要さを増している。

「好きこそものの上手なれ」は、企業経営、産業界でも鍵になると信じている。 イノベーションのジレンマ(書籍) (Amazon.co.jp) では、 主流市場での価値がすでに見えている革新を「持続的」、 産まれた時点では市場がなかった革新を「破壊的」と呼んでいる。 「持続的」は価値が見えているため、10人中9人〜10人は○ を付け、誰でも、特にリスクをとらずにゴーサインを出せる。 達成すべき事柄(例えば、高解像度・3Dのテレビ)が 誰にでも見えているので、いかに素早く達成していかに安く提供するかの勝負となる。 この領域では(ニッチを除いて)、 リソースを持つ大企業の方が小さな組織や個人よりずっと有利である。 しかし、大企業も死にたくなければたまには「破壊的」革新をしないと仕方ないし、 ベンチャー企業は(別途「(持続的)ニッチ」という道はあるものの) なおのことである。 「破壊的」革新の候補には市場がないので、それをある程度続けるには、 何よりもまず、信じる気持ちがないと始まらない。 合理的だからやる、のではなく、好きだからやる、のである。 米国ベイエリアの起業家経済を、総体として、 シリコンバレー株式会社と評することがある。 これはつまり「破壊的」(と「(持続的)ニッチ」)の候補を 見つけて育てるシステムであると理解できる。 10人中10人がうなづくことを皆でやっていたのでは、組織にも国にも未来はない。

未踏は「好きこそものの上手なれ」な人のるつぼである。 IQ(知能)の方は人それぞれだろうが、 CQ(好奇心)とPQ(情熱)はといえば、応募する時点ですでにトップクラスだろう。 せっかく、10人中10人を納得させずともどっぷりと取り組むチャンスなのだから、 好きでないこと、信じていないことをやるのでは意味がない。 そこで私は、プロジェクト審査基準の1番目に「情熱」を挙げている。 いわく「自分が提案するテーマを愛していないことには始まりません」。 好奇心と情熱、そういうクリエータの時代である。


首藤一幸 (正会員)
shudo at is.titech.ac.jp

エンジニアとして「人には作れないものを作る」をモットーに, Javaスレッド移送システム,Just-in-Timeコンパイラ, オーバレイ構築ツールキットなどのソフトウェアを開発してきた. 1998年 早稲田大学 助手. 2001年 産業技術総合研究所 研究員. 2006年 ウタゴエ(株)取締役最高技術責任者. 2008年12月より東京工業大学 准教授. 博士(情報科学). 著書に「Binary Hacks」「Javaによるアルゴリズム事典」(共著).


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